昭和のおっさん

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凶悪犯について

老人や障碍のある身内を施設に預けてて事件や事故があったときに家族が嘆くと「そんなに大事ならなんで預けるんだ。自分でみたらいい」みたいなことをいいだす輩がいますが、まあインターネットは年齢がわからないのでこういう人は中学生くらいなんだろうとは思いますがそれにしてももうちょっと考えてから話すようにしたほうがいいと思うわけです。

自分の大切な人がなにか大変なことがあったときに、とにかくその人のためになにかしたい、どうにかしてあげたいと思っても、自分の生活というのは当然ついて回りますね。自分のすべてをなげうって面倒をみても貯金がなくなったら共倒れですね。

中学生くらいだと親が子供を思う気持ちなんてのは中々わからないものです。障碍のある無しなど関係なく子供を思う親の気持ちは強いもの(大抵は)です。障碍のある子供を育てることは中々に大変で、苦労した親御さんは「いざとなったら一緒に死ぬか」くらいのことは結構考えることがあると思います。うちの子はそこまで深刻ではないのでわたしは気楽にやってますが、それでもわたしより普通の感覚の親御さんだったら大分参ることもあるんじゃないかと思います。

さて、親としては心中は最終手段としてまずは子供の将来の安定を願うことになります。子供の状態や家庭の状況によって子供の面倒がみきれない(親の介護も同じです)ということになったときに泣く泣く(かどうかは家庭によって違うでしょうが)施設に預けるということになったりするわけですね。本当は自分でみたいけどできない、という場合もあるだろうし、自分のが先に死ぬんだから将来を考えて必要なんだ、と考えることもあるでしょう。

そうして自分の生活を安定させて、子供の将来も見据えて出来る限りで良い関係で生きていけるようにするまでには結構な時間と努力が必要です。

そうしてやっと安定した生活をしていたところに酷い事件に巻き込まれた挙げ句、何も知らない関係のない人に「そんな大事な子供なら自分で見ろよ」なんて言われたら温厚なわたしでも頭に血が登って血管切れそうです。

こういう輩も刃物を振り回して人の心を無闇矢鱈にずたずたに切り裂く凶悪犯なので見つけ次第更生施設に入れて再教育したほうが世のため人のためじゃないでしょうか。